いま、日本のコテージ・マニファクチャラー(ガレージメーカー)が面白い。ウルトラライト・ハイキングの登場以降、
その数はここ日本でも増え続け、その勢いはいまや本場アメリカを凌ぐほどかもしれません。オリジナリティのあるデザインや希少性など、その魅力は様々あると思いますが、なかでも最大のものは、マスプロダクツにはない「作った人の顔が見えるパーソナルなもの作り」にあるのではないでしょうか。この連載では、そんな「作った人」本人をクローズアップし、彼らがプロダクトに込めた思いをきいていきます。記念すべき第一回のゲストは、いまやいわずと知れた大人気ブランドに成長した山と道の夏目彰さん。中型バックパックとしては4年ぶりの新作となる山と道Threeについて、たっぷりと語っていただきました。
誰にでも、かつ自分にとっても気持ちいいザック
――山と道Threeはオーバーナイト・ハイク用のバックパックとしてはU.L.Frame Pack One以来4年ぶりとなる、待望の新作ですね。
夏目 ONEのときは、もともと僕自身がDana Designsとかのヘビーウェイトなバックパックを背負っていて、その感覚でもっと軽くてシンプルなものを作りたいというのが裏のコンセプトだったんです。だからULザックだけどフレームが入っていて、ウエストハーネスもパッド入りで、腰荷重がしやすい作りでした。でも、それから時間が経って、今まで軽量にこだわって少し犠牲にしていた部分…強度や耐久性や使いやすさを重視して、誰にでも安心して使える、かつ自分にとって歩きやすくて気持ちいいザックを追求してみようと思って。それで作ったのがThreeなんです。
――Oneは50Lサイズで12~3kg(推奨は11kg)くらいまで、Threeは40Lサイズで10kgくらいまでが快適に背負える設計ですが、その違いはここ5年で道具のUL化がさらに進んで、夏目さん自身のハイキングスタイルも変化するなかで生まれてきたものなんでしょうか。ULザックの主戦場が30~40Lクラスに移ってきているなかで、いまやOneはかなり大型ザックの部類に入って来ていますよね。
夏目 たしかに容量の問題は大きくて、Oneだといまの僕のスタイルでは大き過ぎるんですよ。実は最初はOneのスタイルで小さくしたものをテストしていて、それが「山と道Two」になる予定だったんです。でも、そっちは途中で行き詰まってしまって、テストするなかで浮かんだ疑問点が自分のなかでもっと形になるまでちょっと休憩させておこうと思ったんです。同時に、Miniの延長線上でも大きいものが作りたいと思っていて、それがThreeになったんです。だから、ThreeのスタートはMiniなんですよ。
――たしかにそういわれるとThreeはMiniの大型版ですね。とくにファスナーポケットのタイプだとわかりやすいかも。

フロントポケットは共生地のスタンダード、ジップポケット、メッシュの3タイプから選べる。
夏目 でも、単純にMiniを大きくしただけじゃなくて、背中にフィットしてなおかつ腰に荷重が載るようにしたりとか微調整はたくさんしていました。だから出発点はMiniだったけど、最終的にはOneとMiniの中間くらいの背負い心地になって、Threeとしての独自性は出せたと思います。
――本体のファブリックにX-PACを使うのは最初から決めていたんですか?
夏目 Oneや山と道Miniは本体の生地がリップストップナイロンなんですけど、柔らかい生地なんで開けたときに開口部がぺたんとなるんですよ。でも、生地にコシのあるハイブリッド・キューベン製のHyperlight Mountain Gearのザックとかが、開けたときにガバっと開いている感じが見てて気持ち良さそうだなって思っていて。だから同じようにコシのある生地のX-PACでガバっと開くものを作りたいという気持ちがありました。
――確かにパッキングのときにX-PACだとザックが開いたままになっているから楽ですね。
夏目 簡単だし、なかも見易いですし、使い易い。
――あと、本体の開閉方法ってこの手の雨蓋のないザックの場合、デザイン的にザックの「顔」ともいえる重要な部分ですよね。ここをファスナーで開閉するようにしたのは他にはない方式だし、デザイン的にもThreeの重要なポイントになっていると思うんですけど、これも荷物へのアクセスのしやすさを重視してのことなわけですね。でもこの方式はものすごく割り切りましたよね。

本体は止水ジッパーで開閉する。シンプルな機構ながら、たしかに簡単で使い易い。
夏目 いろいろ考えた結果、「これでいいんじゃね?」って(笑)。
――たしかにこれだとストラップを外してファスナーを開けるだけなんで開閉が楽だし、あとからちょっとしたものを出し入れしたいときもストラップを外さなくても出し入れできます。
夏目 ファスナーだと壊れる可能性もありますけど、小型のバックパックならファスナーで開閉する方式のものはいくらでもあるし、それよりも使い易さを重視しました。あとはさっきもいったけど、置いたときにガバッと開く感じで使ってみたかった。
「山と道の5年間」が詰まったThree
――フレームレスなのにザック自体の剛性感をすごく感じるんですけど、それはファブリックにコシのあるX-PACを使っていることが関係しているんでしょうか。
夏目 それはバックパック自体のパターン(設計)ですね。あとはMiniと同じようにショルダーストラップの剛性感。
――フレームレスだけど腰荷重できるというのもポイントですね。
夏目 だからパターンは工夫しました。ヒップベルトにも最初はパッドを付けていたんですけど、それだと腰の動きが妨げられる。北アルプス縦断ハイクでテストしたときに無くてもいいと思ったんで取り外して、テープだけで充分腰荷重できることがわかったんです。でもテープが細いと腰に食い込むんで、それで今の太さに辿り着いたんですけど。
――試作は全部でどのくらい作られたんですか?
夏目 細かい修正はいっぱいあるけれど、世代的には5世代くらいですね。基本の形は始めからストンとできたんですけど、それが機能するように調整していくのに時間がかかりました。

たとえばマットを固定した際も地面と当たらない位置に取り付けられたギアループなど、細部まで非常に考えられた作り。
――Oneを作り始めたとき夏目さんはまだ素人で、まさに手探りで作っていかれたと思うんですけど、Threeのときとは違いは感じられましたか?
夏目 Oneのときはまさに手探りだったから、鬼気迫るような感覚で試作を繰り返しましたからね(笑)。それこそどれだけ作ったかわからない。でも、今回はいわれたとおり5年やってきた経験値が無理なくきれいに形になったかもしれない。
――Oneはやっぱり野心的なバックパックだったと思うんです。一見して「新しさ」を感じるデザインで、フレームの構造や背負い心地も独特で。スタートアップ時の山と道の「新しさ」をアピールするためには、あのOneの個性が絶対に必要だったと思うんですね。一方でThreeは本当に細かい部分まで使い勝手を考えて作り込まれていて、夏目さんがこの5年間でOne、Miniと作ってきた経験を細部に渡って投入されていることを感じました。「他のどこにもないものを作りたい」というよりは、Ray=WayスタイルのオーセンティックなULザックを、経験を積んだ夏目さんなりにもう一度徹底的にアップデートしてみることでできあがったデザインなのかなって。
夏目 たしかにThreeに関しては独自性に拘るというよりも、自分がいま欲しいと思っているものを素直に出した形かもしれないですね。とにかく自分が使い易いもの、歩き易いものというのを突き詰めて、削って、足してという作業のなかでこうなりました。でも、好きなものを逆算して作ったということではOneも一緒なんですよ。ただ当時は軽量化に対するこだわりが今よりも強かったんで、軽量化のために「ここまで削らないと!」的なプレッシャーがあったんですけど、Threeに関してはそういうのは抜きにして、本当に素直に作ってみました。
――そういう意味で、Threeにはこの5年間の夏目さんと山と道の変化が現れていますよね。Oneにはファースト・アルバム的なフレッシュさがあったと思うし、それから5年後のThreeは、評価と経験を経た後にリリースされたセカンド・アルバム的なある種の熟成を感じます。
夏目 まあ、「5年もの」ですからね(笑)。
――まさに「5年目の山と道」がすべて詰まっているようなバックパックですね。最後に2016年の山と道の展望を教えてください。
夏目 2016年は山と道の次の5年間が始まる年というか、セカンドステージに入る年になると思います。新しいスタッフも入ったし、新しいアトリエも作ります。新製品としてはこれも僕らがニュージーランドを旅してきた出会いが形になったものなんですが、ずっとテストしてきたメリノウールの製品を出していきます。あと、バックパックではMiniのポケットをメッシュに変えたMini2を出す予定です。これは今年日本海から太平洋までのハイク&ランでテストして、自分でも愛着が持てるバックパックに仕上がりました。ハイカーとしては、夏に小田原から富士山を越えて南アルプスまでハイクして、さらに南アルプスから中央アルプスを越えて北アルプスまで歩いて、自分で考えてきた山のライン「THE JAPAN GREAT CIRCUIT」を完成させたいと思っています。
- 製品名
- Three
- ブランド
- 山と道
- 価格
- ¥27,500(税別)
- 購入
- 山と道 ONLINE STOREほか